2014年10月29日水曜日

岩上氏による板垣先生のインタビューから⑥日本の知識人2

柳田國男が国際連盟委任統治の委員として、ジュネーブに赴任した時は、農商務省の役人を退任した後、朝日新聞の客員でした。

柳田と同じ農商務省から、新渡戸の肝いりで、国際連盟の事務局員としてジュネーブに赴任していたのが、藤沢親雄です。彼は、帰国後、東大講師、九州帝国大学法学部教授となっています。

藤沢は「日ユ同祖論」を唱えていました。これは、日本人とユダヤ人の先祖が同一であるという考え方です。

柳田と藤沢はジュネーブ時代、親密な交流があり、柳田は藤沢の「日ユ同祖論」にかなり興味をもっていたようで、パレスチナへの出張を希望しましたが、外務省に差し止めされています。

藤沢はその後、ナチス讃美者になっています。
シオニズム運動は、ナチスとシオニストの協力関係のもとになされたという、板垣先生のご指摘がありましたが、見事に一致していると思います。

藤沢の「日ユ同祖論」のユダヤ人は、東欧の白人系ユダヤ人を想定したものと思われます。
一方、柳田はどうかというと、彼は農商務省の役人時代、「天狗の話」を著しています。
この中で「山人」がキーワードとなっています。「山人」のなかに天狗が見うけられると書いています。柳田は「山人」を日本列島の先住民の末裔の「異人種」だと指摘し、琉球民族とアイヌ民族にも言及しています。

これらは皆、縄文人と一括りにできると思いますが、彫が深く、濃い顔立ちで、なかでも鼻の高い人を天狗とみなしたようです。
柳田はアラブ人のような有色人種系のユダヤ人を想定したのではないでしょうか。

板垣先生は「俘囚」という言葉をヒントとして指摘しています。
ユダヤ人のバビロン捕囚を俘囚と表記する場合があります。

日本おいての俘囚は、縄文人の末裔であり、柳田も俘囚として、大和朝廷に翻弄されたサンガについて触れています。

サンガとは、古代インドの一部でみられた政治形態で、「集団」、「組合」を意味し、仏教修行者の集団も意味するようになります。

日本においてのサンガは、かつて存在した非定住民の集団とされ、狩猟、騎馬にすぐれていました。

サンガはスサノオの神話から派生していて、柳田は旧約聖書の「イスラエルの失われた10支族」に思いをはせたのではないかと想像されます。

柳田は民間伝承をもとに、「民俗学」(フォークロア)を確立した巨人ではありますが、多くの謎を指摘されています。

「遠野物語」の河童伝説ばかりが有名ですが、多くの文献を発表しています。
しかし、性の表現や差別の問題などを意識的に避けています。

私は柳田の研究目的の一つは、西方から日本列島に移民してきた民族の探求、言い換えれば、縄文人と有色人種系ユダヤ人の比較研究だったのでは思っています。

柳田は、戦前、戦中、戦後と長期間、文献を発表し続けますが、それぞれの期間において、タブーとされる内容について封印せざるをえない原因があったのだと思います。

戦前の「日ユ同祖論」は、「河豚計画」の中で捏造されたものと言われています。
「河豚(ふぐ)計画」というのは、ドイツで迫害された白人系ユダヤ人を満州に招き、日本の支配下にイスラエルを建国させて開拓させようとした計画です。

同時に、日本の満州支配に否定的なアメリカを懐柔する意味もあり、ユダヤ資本の日本への投下も目論んでいました。

日産コンツェルンの鮎川義介、陸軍大佐安江仙弘、海軍大佐犬塚惟重らが中心となって計画しています。

「河豚計画」の名は、1938年7月の犬塚の演説に由来します。ユダヤ人の経済力、政治力を評価した犬塚は、「ユダヤ人の受け入れは日本にとって非常に有益だが、一歩間違えば破滅の引き金ともなりうる」と考えました。犬塚はこの二面性を、美味だが猛毒を持つ河豚に擬えて、「これは河豚を料理するようなものだ」と語ったのです。
この計画を推進するうえでも、「日ユ同祖論」が非常に有効だったのです。

エストニアの杉原千畝大使が、ユダヤ人に大量の旅券を発行できたのにも、こうした背景があったのです。

このころの「日ユ同祖論」の対象は白人系ユダヤ人であり、柳田の研究の対象は有色人種系ユダヤ人だったのだと思われますが、柳田はいらぬ誤解を招き、政治的混乱に巻き込まれるのを避けたのだと思います。

昨今の遺伝子学、DNA鑑定の進歩で、縄文人は海のシルクロード及び陸のシルクロードから渡来してきているという学説があります。

海のシルクロードにより、台湾を経由して沖縄から列島に行ったルートと、陸のシルクロードにより、大陸内で分岐し、朝鮮半島を経由して列島に入ったルートと大陸を北上し、満蒙、樺太を経由して北海道そして列島に入ったルートがあるようです。

板垣先生は長野の諏訪にお住まいなのだそうですが、諏訪は縄文時代文化の中心地で、ご自分の研究の一環でもあるそうです。

諏訪大社は世界中のユダヤ教徒が参拝にくることでも有名です。
この辺のことも後々触れたいと思います。

日本人とユダヤ人の関係は、NAVERまとめ
こちらが解りやすくまとめられていますので、ご参照ください。


話がまた大分脱線しましたが、本題に戻ります。

日本のキリスト教シオニストの系譜が徳富蘆花まで遡ることは、前に述べました。
徳富蘆花は兄の徳富蘇峰(思想家、ジャーナリスト、東京新聞の前身である「國民新聞」主宰)の影響を受けましたが、兄の蘇峰が国家主義的傾向を強めるにつれ、絶縁状態となります。
大逆事件(明治天皇暗殺計画の企て)の際、幸徳秋水らの死刑を阻止するため、蘆花は兄の蘇峰を通じて桂太郎首相に嘆願しますが、間に合わず幸徳秋水は処刑されていまいます。

内村鑑三は無教会派を通じて、日本独自のシオニズム運動を展開したことは前に述べました。
内村は非戦論者として有名でしたが、「不敬事件」(明治天皇の親筆の署名に対して最敬礼しなかった。敬礼の仕方が不充分だっただけ。)で、全国に喧伝され、キリスト教と国体の問題に進展してしまいます。

柳田國男は農商務省の役人時代、農政学を専門としていましたが、これは植民地政策そのものです。
新渡戸稲造はアメリカ流植民学を導入しようとしました。これは「未開人」を「近代人」に同化させよういう考え方です。
矢内原忠雄は植民政策学の学者として東大で教鞭をとりました。
柳田、新渡戸、矢内原は三人とも、植民地政策の専門家だったわけです。


徳富をはじめとして彼らの思想は、本人たちの好むと好まざるに関わらず、アジア主義の下地を形成していったわけです。

2014年10月28日火曜日

岩上氏による板垣先生のインタビューから⑤日本の知識人1

板垣先生は、大正時代の日本の知識人で、日本人の思想形成を担った人物として、内村鑑三、徳富蘆花、大川周明、柳田國男、出口王仁三郎の五人をあげています。
彼らはいずれもバルフォア宣言に関心を持っていたのだそうです。

ここでもう一度、岩上氏による板垣先生のインタビューの一節を引用します。
「徳富蘆花は夫婦でエルサレムに行くんです。」。
「柳田國男もパレスチナと関わりがありました。彼は国際連盟委任統治の委員としてジュネーブに行って仕事をしました。国連に頼まれて植民地統治をする、という仕組みが第一次大戦後作られたわけですが、日本はそれをミクロネシアに適用していくわけです。」

国際連盟委任統治の仕組みが、台湾、朝鮮半島、満州の植民地政策に反映させられ、アジア主義の下地となったのだと思います。

サイクス・ピコ協定、バルフォア宣言の後1920年、当時の主要連合国(イギリス、フランス、日本、ギリシャ、ベルギー)によるサンレモ会議が開かれました。

サンレモ会議の結論を国際連盟が承認し、パレスチナのイギリス委任統治が国際的に確定されたのです。

日本も歴史上、当時の主要国の一員であったこともあり、シオニズム運動に加担してしまっていたわけです。

板垣先生があげた5人について、私なりに考察してみたいと思います。

日本のキリスト教シオニストの系譜は徳富蘆花にまでさかのぼります。徳富蘆花は、キリスト教の影響を受け、トルストイに傾倒します。
1906年にエルサレムに巡礼の旅に出て、トルストイとも会うことができ、帰国後「順礼紀行」を著しました。
(トルストイが著した「戦争と平和」はクリミア戦争が舞台となっており、今のウクライナ危機も、ここを基点に考えるべきなようです。ロシア帝政時代のユダヤ人への集団的迫害行為「ポグロム」がキーワードです。)

徳富は1920年には世界一周旅行をして、途中やはり、エルサレムに立ち寄っています。
帰国後、著したのが「日本から日本へ」です。

この題名は一般には、日本を出発して、世界を一周し、日本に帰ってきたからという解釈がされています。
たしかに、欧米を回ってきていますが、目的はやはりエルサレムだったのだと思います。

話は飛躍しますが、日本の平安京はユダヤ人の言語であるヘブライ語に訳すと「エル・シャラーム」となります。
つまりエルサレムなのです。

これも余談になりますが、アインシュタインがユダヤ人で親日家であったことはよく知られています。彼が伊勢神宮を参拝した時に、感激のあまり泣き崩れてしまったという逸話があります。
あまりの美しさによるものと、解釈されていますが、私は彼の直感力が伊勢神宮を観たとき、心の故郷であるエルサレムを想起させたためではないかと思っています。

平安京、伊勢神宮とユダヤの関係は後々触れたいと思います。

話が脱線しましたが、徳富蘆花が著した「日本から日本へ」は、つまり「平安京からエルサレムへ」だったのではないかと思っています。

徳富蘆花が二度目にエルサレムを訪問した1920年は国際連盟が設立された年です。
新渡戸稲造が事務局次長になりました。
後任が矢内原忠雄です。
柳田國男は国際連盟委任統治の委員として、ジュネーブに赴任しています。

新渡戸稲造と内村鑑三は札幌農学校(後の北海道大学、「少年よ大志をいだけ」のクラーク博士の影響を受ける。)時代の級友です。
この時期、二人とも、洗礼を受けキリスト教徒になっています。
新渡戸が英文で著した「武士道」は、欧米でベストセラーとなりました。

1909年、新渡戸の提唱で「郷土会」が発足します。
これは自主的な制約のない立場から各地の郷土の制度、慣習、民間伝承などの事象を研究し調査することを主眼としました。

この中の主要メンバーに柳田國男がいたのです。

徳富蘆花の講演を高校生時代に聞いた矢内原忠雄(経済学者、植民政策学者で東京大学総長)は強い感銘を受けるとともに、同じ年に内村鑑三によって始められた無教会派の聖書研究会に参加するようになったのです。

内村鑑三の無教会派は日本独自のキリスト教運動で、教会制度を否定し、日本の精神的伝統(新渡戸の武士道や柳田の民間伝承)とキリスト教精神との調和をめざしたのです。

矢内原は1922年パレスチナに行きましたが、イスラエルの復活は聖書の預言の成就であるとしてシオニストの活動に注目しました。

このように日本におけるキリスト教シオニズムの運動はヨーロッパから伝播した伝統的な教会制度から距離を置いた独自のものとして発展したのです。

岩上氏による板垣先生のインタビューから④新市民革命

今年、マレーシア航空機は2度にわたって大事件に遭遇しました。
3月8日マレーシア航空370便はインド洋で消息をたち、7月17日マレーシア航空17便はウクライナ上空にて撃墜されました。

370便は今だ行方不明ですが、インド洋上のイギリス領ディエゴガルシア島にある米軍基地に格納されたとされる未確認情報が指摘されています。
17便についても、今だ墜落原因も不明のままで未解決となっています。

マレーシアという国はイスラム教を国教としています。
マハティール元首相は依然として、影響力を持っています。
マハティールの反イスラエル、反欧米白人主義は有名ですが、アメリカのイラク、アフガニスタン紛争に激しく抗議し、イスラエルのガザへの虐殺に対しても激しく非難している最中、この二つの航空機事件は発生しているのです。

マレーシア政府は要人をパレスチナに派遣し、ヨルダン川西岸のファタハとガザのハマスが仲たがいしているのを、イスラム共同体(ウンマ)の仲間として、喧嘩している場合ではないと仲介の労をとっていた時期と重なっているのです。

シンガポールはマレーシアから分離独立しましたが、今ではイスラエルの前線基地となっているというのが、板垣先生の見立てであり、驚きを禁じ得ませんでした。


前線基地とは言っても情報戦でしょうからモサド(イスラエルの諜報機関)の拠点ということでしょう。
これは隣国の対マレーシアはもちろんのこと、中国、ひいては日本もその範疇に入るはずです。

マハティールの「ルックイースト政策」は日本を見習えというもので、たいへん親日です。
マハティールの情報発信力は、東南アジアのイスラム教徒はもちろんのこと、中国に散在する回族及び新疆ウイグル自治区への影響も必至でしょうし、チベットにも飛び火するかもしれません。
中国に混乱が生じるようなことがあれば、尖閣の問題を抱える日本に対しても影響は必至となるわけです。
沖縄の米軍基地問題も言わずもがなでしょう。

マレーシア航空17便が撃墜された7月17日は旧約聖書のノアの方舟の物語で人類が再出発した日です。

前日のハマス側からイスラエルに対しての停戦条件の提案は、封鎖を解除してほしいという「当たり前の生活の要求」だったのですが、翌17日、17便が撃墜され、停戦案を踏みにじるかのように、イスラエル地上軍によるガザへの侵攻がなされたのです。

旧約聖書はユダヤ、キリスト、イスラムの原典です。
ノアの方舟の物語にあるような教えに逆行するような悪行は、なにか深い意味が隠されているように思えます。
17便と17日という同じ数字なのも不気味です。

余談になりますが、7月17日は日本では祇園祭りの日です。
パレスチナのエルサレムのある地を意味するシオン(Zion)は英語読みではズィオンで、これがギオンに転化したようです。
このことについては後々触れたいと思いますが、長い歴史のなかで、日本とパレスチナは深い繋がりがあったようです。

板垣先生はイスラム国(ISIS)には、あまり好意的ではないようですが、カリフ制というものには注意を喚起されています。

ガザに端を発したインティファーダという民衆蜂起は非暴力の抵抗運動として中東から、アフリカ、アジアへと波及するであろうと指摘されています。
これを新市民革命(ムワーティン革命)と呼んでいます。

インティファーダが波及するにあたっては、イスラム民衆のカリフ制への憧れともいうべき大義が土壌となりうるであろうとのことです。
マハティールも率先して東南アジアにおいてその影響力を行使するものと思われます。

板垣先生は結論として、白人による欧米列強主義は断末魔を迎えるであろうと予言されています。
世界経済学的には、シオニストは自己破産プロジェクトを進行中と断じています。

シオニストはその武力、財力の影響力により、なにをしても免責されるという立場を維持できてきましたが、ホロコーストによる自己の正当化が虚構であったことが、白日のもとにさらされるにおよび、免責される根拠を失い、自己破産へと自暴自棄にならざるを得ないことは、本人たちが一番よくわかっているはずとのことです。


ムワーティン革命が成就するときが来るとすれば、それはイスラエルの民衆が過去の呪縛から解放され、自らパレスチナ難民を迎え入れ、また共存共栄できる日がくることなのであろうと思います。

2014年10月27日月曜日

岩上氏による板垣先生のインタビューから③中東の現状

イスラム教の教えるタウヒード(多即一)とは「ちがいを大事にすることこそ一体性の土台」・バラバラでいっしょ・多様性あふれる宇宙の創造主を信じるという考え方です。
この考え方は日本の仏教の華厳経にも通じると板垣先生は言っておられます。

旧約聖書を原典とするユダヤ、キリスト、イスラムこの三つの宗教はそれぞれ一神教であり互いに排他的であるため、宗教戦争の一因とされてきました。
しかし元々同じ教えであることに違いはなく、排他的になった原因は人間が作ったもので、現実にはパレスチナにおいて、共存共栄できた時期があったのです。

さて、また話を本題にもどします。
イスラエルによるガザへの虐殺は休戦状態といえども虐殺は続行中です。
ガザは完全に封鎖されたままなのです。
物資を調達する唯一の窓口であったエジプトとの国境にあるトンネルはすべて破壊されてしまったのです。
これはガス室に閉じ込められて毒ガスを徐々に注入されているのと同じ状態です。
虐殺以外のなにものでもありません。

ガザの人たちによるインティファーダは非暴力による民衆蜂起です。
板垣先生はこれが新しい市民革命(ムワーティン革命)に発展するであろうと指摘されています。
ムワーティンはアラビア語で「市民」を意味します。
学術用語としては、近世ではラテン語が主流でしたが、それ以前の中世ではアラビア語が主流だったのだそうです。

パレスチナの人たちは元々ユダヤ人の子孫であることは述べましたが、大半はイスラム教徒です。
インティファーダが世界中のイスラムに飛び火してゆく可能性があるということのようです。

非暴力による抵抗運動は、インドのマハト・マガンジーによるイギリスからの独立、南アフリカのネルソン・マンデラによるアパルトヘイトの撤廃という勝利に導いた歴史があります。

一方、中東のイラク、シリアにおけるイスラム国(ISIS)の台頭は別の側面を見せています。
イスラム国はカリフ制を掲げました。
これは、欧米にとっては一大事のようです。

カリフとはイスラム共同体(ウンマ)の最高権威者であり、スルタン(国王、皇帝)よりも上位となります。

カリフ制をとるということは、サイクス・ピコ協定により人工的に英仏によって引かれた国境をなくすことを目指すということになるのです。
これはどういうことを意味するのでしょうか。

中東は石油の産地です。といっても採れる国と採れない国があります。
カリフ制とは中東のイスラムは国境を失くし、皆共同体となり、石油は共同体内で分配しようというわけです。

一例として、石油の採れるサウジアラビアはサウード家が支配する王国で親米です。
民衆は搾取され抑圧されていて、カリフ制を歓迎してしまう土壌があるのです。

サウジアラビアの民衆へも、ガザによるインティファーダの抵抗運動が飛び火し、王制打倒への相乗効果を生む可能性が潜んでいます。

イスラエルという国は、欧米のシオニストのための中東における石油利権の警察役というのが本来の目的であり、金儲けのために建国されたわけです。

イスラム国が欧米の人質の首を切って処刑する映像がインターネット上で配信され、その残虐性は当然非難されてしかるべきです。
欧米がテロリストと決めつけ徹底的につぶしにかかることは当然といえば当然です。
石油の利権が奪われかねないわけですから。

ISISのその手法についていけないイスラムも多いため、つぶされる可能性のほうが大きいのかもしれませんが、一度火がついたカリフ制への民衆の潜在的支持は増幅され、第2、第3のISISが出てくるだろうと思われます。

ここで大事なのは、イスラム教においては非戦闘員を殺すことは禁じられています。
たしかに人質の処刑は残虐極まりないことですが、イスラエルによるガザにおける虐殺も、欧米によるイラク、シリアへの空爆も一般市民はもちろんのこと、小さな子供たちとその母親が殺されているのです。
この非対称性を見落とすと、ことの本質を見失うことになると思います。


岩上氏による板垣先生のインタビューから②引用文

シオニストの入植以前のパレスチナはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の人たちが争うことなく共存共栄していました。

以下、岩上氏による板垣先生のインタビュー
を少し長くなりますが引用します。

「中東の問題は、中東だけに限定して考えることはできません。米国の問題であり、かつ、ロシアの問題でもあります。イスラームについても同様です。ですから、中東のことを考えるということは、世界中の国際関係を考えることにつながります。」

「日本の近代の歴史は、ずっと世界戦争のなかにありました。まず問題となるのは、クリミア戦争です。これはちょうど、幕末から明治維新の時期にあたります。」
「クリミア戦争がどうして起きたかというと、パレスチナのベツレヘム生誕教会による聖地管理問題がきっかけです。各教会のバックには、ロシアとかフランスとか、列強がついているわけですね。日本はそういう世界情勢の中に置かれていたわけですね。」
「日露戦争の背後には、露仏協商があったことを忘れてはいけません。バルチック艦隊が迂回する際の燃料の提供はフランスが担っていました。日本も日英同盟があったからこそ戦争を戦えたのです。」

「現在のイスラエルは、ガザ侵攻を『自衛』だと言っていますが、ガザの市民を確信犯的に標的にしています。ガザ侵攻は、自衛権と抵抗権の戦いだと言えます。」
「元来の米国は、大英帝国に対する抵抗権によって成立したものです。今の米国人はそのことを忘れていまっているようですが」

「国連憲章には、日本の敵国条項がいまだに残っています。国連憲章の改正のためには加盟国の3分の2が賛成し、安保理を含む国が批准しなければなりません。日本が戦争の歴史を反省する姿勢を見せなければ、敵国条項の削除はないでしょう。」
「日本は、敵国条項の削除よりも、常任理事国入りを優先的に目指しています。さらに現在の安倍政権は、国連加盟国から疑念の目を持って見られています。靖国神社に首相が公式参拝するということは、そういうことです。」

「1933年にナチスが政権を握ったところから、ユダヤ人パレスチナ植民が始まりました。ロシア帝政期を上回るものです。」
「ナチズムなしには、今のイスラエルという国はあり得ません。シオニズムの運動は、ナチスと協力関係にあったと言えます。放っておいて、ユダヤ人がパレスチナに移っていくわけではないので、シオニズムは差別や迫害の力を利用したのです。」

「今、中東で台頭しているISISの思想とは、サンレモ会議を乗り越えようというものです。サンレモ会議とは、第一次大戦後、中東における英仏の勢力圏分割を規定したものです。今、こういう国分けのシステムを乗り越えようとしているのがISIS」
「ですから、中東では国境が消えてしまうかもしれません。中東から始まり、世界全体に『消える国』が波及していくかもしれません。また、米国を始めとする覇権国が衰えています」

「ハマスの側から、7月16日から停戦条件の提案がなされています。しかし、そのことは報道されていません。日本を含め欧米のメディアはこのことを流しません。」
「もう一つマレーシアのナジーブ首相の7月22日の声明が報道されたのでしょうか。マレーシアは航空機墜落直後から外相らがウクライナに行き、墜落地指導者のボロダイと会ってブラックボックスの回収や遺体の収取などを行いました。」
「第三者機関によって調査をすると、ナジーブ首相は声明で発表したわけです。しかし、主要メディアはオランダ政府の声明や米国の声明ばかりを報じています。しかし調査団の段取りを取ったのは、マレーシアとウクライナ東部のボロダイなのです、」
「欧米のメディアは、あたかもウクライナ東部の親ロシア派が妨害しているかのようなキャンペーンを張っています。そのことは全く報じられていません。」
「ウクライナ危機とガザ侵攻は、同時並行の事態です。マレーシア航空が墜落したのが7月17日17時15分頃で、イスラエル地上軍侵攻が7月17日22時頃です。この同時多発性に注目する必要があります。」

「2月のユーロマイダンでの騒擾では、元IDF(イスラエル国防軍)の青ヘル隊が暗躍しました。しかも、彼らはネオナチとくっついています。」
「ウクライナのユダヤ人が関わっていると考えることができるわけです。」

「17世紀にオスマン帝国の中で偽予言者が登場し、ユダヤ教的な週末論を唱えます。これはヨーロッパ中に大きな影響を与えるんですね。そして、この運動の中心がガザなんです。さらにこれと英国のピューリタン革命もつながってきます。」
「この偽メシアは、途中からイスラム教に改宗しちゃったりします。この影響が現代に残っているのがウクライナなんです。18世紀、ヤコブ・フランクというウクライナのユダヤ教徒がシャバダイ派運動を展開します。」
「彼はさらにキリスト教に改宗します。これが、ヨーロッパにおけるユダヤ人のキリスト教回収モデルになるんです。ですから、ウクライナの歴史は、辿っていけばガザにつながるんですよね」


以上、板垣先生のインタビューからの引用です。

2014年10月26日日曜日

岩上氏による板垣先生のインタビューから①シオニストの起源

この夏ジャーナリスト岩上安身氏の板垣雄三先生(東大名誉教授、日本中東学会会長、イスラム学者)へのインタビューを拝見し、感銘を受け、とても触発されましたので、(私自信どこまで理解できて、真実に迫れるのかは不明ですが、)その感想を述べたいと思います。

板垣先生は今、日本が置かれている状況は、尖閣、マレーシアも中東のガザ、ウクライナへとみな繋がっているとおっしゃっています。

ガザにおけるイスラエルの虐殺を第一次世界大戦の歴史から説明されています。
ウエストファリアー体制後、サイクス・ピコ協定により中東の国境はイギリス、フランスによって人工的に引かれました。
その後バルフォア宣言によりイギリス政府はロスチャイルドから資金提供の見返りとしてシオニズムの支持を表明し、イスラエルの入植、建国へと進みます。
イスラエルへの入植を促進した人たちのことをシオニストと呼ぶわけですが、シオニストは本来のユダヤ人ではないというのが結論です。

ユダヤ人の一般的な定義は、ユダヤ教を信仰する人たちのことと言われています。
しかし、血統的に本来のユダヤ人は有色人種系なのです。
白人系ユダヤ人の起源はハザール人というのが、定説になりつつあるようです。

ハザール帝国というのは、キリスト教とイスラム教、アニミズムの混在する国家だったのですが、キリスト教のビザンチン、東ローマ帝国とイスラム教のアッバース朝に挟まれ、両方から攻められ滅亡寸前までいったのですが、国家全体でユダヤ教に改宗することにより、破滅を免れた歴史があるようです。

キリスト教もイスラム教もユダヤ教も旧約聖書をその原典とし、派生したものなので、逆手にとったわけです。
したがって白人系ユダヤ人とは、その起源からして偽装されたものだったわけです。

シオニストが東欧からの入植者が多いのは、その東欧の地(ドイツ、ポーランド等)がハザール帝国からの難民が多数移動した地であることが所以です。

シオニストはこれらの人たちに限りません。
アメリカのキリスト教プロテスタントの右派(5000万人)いわゆるアングロサクソンプロテスタント(WASP)は積極的にシオニズムを支持してきたのです。

アメリカの軍産複合体のネオコンと呼ばれる人たちはプロテスタント右派であり、イスラエル支持者ということになります。

ユダヤ人は世界に分散していて、総人口は1300万人ほどです。
パレスチナ人の総人口は1000万人ほどです。このうち半分ほどが、パレスチナ自治区とイスラエル内にいます。残りの半分のほとんどが難民となっているわけです。
パレスチナ人の大半はイスラム教ですが、血統的には元々ユダヤ人の子孫なのです。

ちなみにイスラム教の総人口は16億人です。中東よりも、インドネシア、パキスタン、インド、バングラディシュ等の方が多く分布しています。
キリスト教は、カトリックが10.5億人、プロテスタントが3.6億人、ギリシャ正教が2.2億人というところです。

さて、話を本題にもどします。
イスラエルという国は、旧約聖書のなかでディアスポラ(離散)したユダヤ難民が再びカナンの地(今のパレスチナ)に建国するという物語を根拠としています。
しかし、シオニストはユダヤ人ではなかったのです。

今、ガザで行われている虐殺は、本来のユダヤ人の子孫であるパレスチナ人に対する、偽装されたユダヤ人のシオニストによるものであるという事実です。

イスラエルへの入植者の多くはナチスのホロコーストの難を逃れてきた人たちです。
ヒットラーは、シオニズムに加担していたことになります。
イスラエルの民衆は当然旧約聖書の物語を信じて入植していて、子供たちは修学旅行でホロコーストの現場であるアウシュビッツ収容所の見学をさせられます。
一種の洗脳といってよいでしょう。

イスラエルの統治者であるシオニストの権力者は二重の意味で民衆を騙していることになります。
ホロコーストそのものが本来のユダヤ人を対象としたものではなく、しかも入植、統治のための方便であり、民衆は嘘を信じさせられているということです。
結果的にヒットラー自身がシオニストそのものであったという驚くべき事実が隠されていたわけです。

似非ユダヤ人であるシオニストがガザの民衆を虐殺すればするほで、世界中のユダヤ人に対する反ユダヤ思想に火を注ぐ事態となっています。
似非ユダヤ人であるシオニストによる悪行によって、ユダヤ人がとばっちりを被っているのです。




2ねんぶりに、このブログを再開するにあたり


ほぼ2年ぶりにこのブログを書きます。
書こうと思い立った動機は二つあります。
一つはこの2年間というものコギングレス発電機の開発にてこずっていたのですが、何とか次のステージへ進める状況になってきて、精神的に余裕ができたことです。

もう一つの動機は、一昨年このブログの最期に次のように書きました。

「今、日本は過渡期という病気を発症している時期だと思います。
これは国民が現政権に対して、本当に自分たちを守ってくれるつもりがあるのかどうか不信感をつのらせている症状です。

過渡期を脱するためには、それなりの変革が必要です。
この変革のためには、それ相応の犠牲を出さねばならないのかもしれません。
明治維新、先の大戦を経ての変革いずれにしても多大なる犠牲のもとに変革はとげられました。

平和ボケしている今日どのような犠牲を出せば変革はできるのでしょうか。
犠牲はもうすでに出ているではないですか。
東北大震災による原発事故は単なる想定外の天災によるものではなく、人災によるものです。
放射線による内部被爆は想定外などと言っていられる状況ではなくなっているはずです。

この教訓を糧にせずして変革できないようでは、この国は本当に核武装し警察国家から軍事国家への道をまっしぐらとなってしまいます。
自由などという言葉は本当に無意味になってしまいます。」

2年前、以上のように危惧していたのですが、現在現実のものとなりつつあり、傍観していられなくなったからです。

私は「ものづくりや」ではあっても「ものかきや」ではないので、勝手気ままに書こうと思いますが、私自身のアイデンティティーにもかかわることも書こうと思いますので、変節のそしりを受けないように、備忘録として書き残したいと思っています。

私は憲法の前文にある「主権在民」、「恒久平和の祈願」、「政治道徳の法則」を信奉する国民の一人です。

今年7月1日の集団的自衛権の閣議決定に遡る、特定秘密保護法や武器輸出解禁、原発維持、輸出と再稼働準備、秘密裡のTPP交渉等どれ一つとっても民意に逆行しています。

私は自分の父、女房の母が広島原爆の被爆者であり、私も妻も被爆2世、私の息子は被爆3世であることもあり、核廃絶へ幾ばかりかでも貢献したいというのが私の仕事だと自負し、自然エネルギー(太陽光、地熱、風力、水力、潮力、波力等をいいます。)普及のためモーター、発電機の開発に携わっています。

被爆の影響が、遺伝子学的に子子孫孫には、薄まっていくのかも知れませんが、語り継がれるべき、原爆の悲劇の記憶が薄まっていくようなことがあってはなりません。
これは、福島の原発事故もしかりです。

福島の地域再生復興事業協同組合と提携しているのもこの考え方からです。
開発のための補助金を政府から出してもらおうと地元の人たちも大分骨を折ってもらったのですが、復興予算は政官と癒着した土建屋さんたちにおりるばかりで、我々製造業の中小企業には1円もおりていません。

それどころか被災地の復興そっちのけで、原発が再稼働されようとしています。
原発ムラの予算のいくらかでも自然エネルギーに振り分けてくれれば、日本の生産性は飛躍的に上がり、経済再生の特効薬になると思います。

欧米ではすでに原発から自然エネルギーにシフトし、新たな雇用を生んでいます。
アベノミクスはただ株価をつり上げるだけのまやかしであることが露呈してきました。
庶民の暮らしは悪くなるばかりです。

経済を立て直すには、ひとえに実態経済としての生産性を向上させることに尽きます。
自然エネルギーへの転換は日本経済再生の切り札になるはずですが、現政権は完全に逆行しています。

憲法については、私は改正すべき点は、改正すべきだとは思っています。
しかし、集団的自衛権の行使には反対です。
現行の平和主義の精神を受け継ぎ、専守防衛に徹するべきだと思っています。
攻撃されてもいないのに紛争に巻き込まれ、大義もなく、戦争に加わるべきではないと思います。


このままだと、アメリカの言いなりになり、中東、ウクライナの戦闘地域に自衛隊は派遣され、多くの死者が出るであろうことは明らかです。