2018年4月17日火曜日

日本人にとっての“integrity”とは⑧日本における法について

次に、日本における「法」についてです。

小室氏は、
「ユダヤ教、イスラム教 宗教の戒律ズバリ世俗の法律
 キリスト教に戒律はない
 福音書、新約聖書 世俗の法の法源となるように作られていない
 ユダヤ教の旧約聖書をキリスト教の聖書として継承 旧約聖書は戒律のオンパレード
カトリック教会法の構成はローマ法である ローマの遺産を継承した
中世ヨーロッパは教会の中のローマ法と教会の外のゲルマン法が併存
キリスト教に法はないが、それを補うものとしてユダヤ人の法とローマの法がある
ユダヤ人 法と戒律は同義
カトリック教会法も世俗法ではないという意味では戒律の一種
欧米キリスト教諸国 宗教の戒律が法律を与えた」

として指摘したうえで、

「日本の仏教は戒律を抹殺した その結果が日本における法不在
 日本において法律は機能せず
 日本人は法の心(リーガルマインド)=法的センスと法的論理の駆使能力を失った」
としています。

山本氏は

「士というのは元来、中国、韓国では科挙の試験を通った人 日本に科挙はなし
 日本においては征夷大将軍『令下の官』律令にない官 臨時軍司令官
 執権とは法的には何の根拠もない称号
 泰時は天下を統治する能力があるので勝手に法律を出した 貞永式目
徳川時代 『禁中並びに公家御法度』天皇と公家は律令と慣例でおやりなさい
        将軍から一般庶民は式目的
        『武家諸法度』武士を律する『封建法』
         庶民を律する『普通法』式目
能力が上ならば上を打ち殺して自分が上になってもいい
日本人を形成したのは下剋上 小林秀雄
 武力的下剋上、経済的下剋上」

とし、科挙制度を取り入れなかった日本は、「下剋上」が日本人を形成していったと指摘しています。
「下剋上」が行き過ぎる歯止めとなったのが、「一揆」という制度となります。

「社会的歯止めとしての一揆主義
    下剋上 アクセル  一揆 ブレーキ
   一揆 『機を一にして一致同心する』規約を作りそれに基づいて集団をつくる
   中国のように血縁集団を社会の基礎にすることはできないので、血縁でも地縁でも何でもよいから、そこに住んでいる人間が集団規約を作って、それを自分たちの社会基礎にする以外社会の基礎を構成する原理がない
   商人が一揆を作ると集団金融が盛んに行われる 無尽
最終的決定権不分明 個人にきたということを認めず、すべて一揆単位になる
『ぶどうの房状組織』
日本の欧米的な制度の下にある下位制度
   欧米的な外面的制度の下に隠れてこれが動いている
   これを動かさないと組織は動かない これが日本の真の組織
   これを把握することが条件付け権力を行使するにおいて必要
条件付け権力とは、実は上からの指示でも本人がそう思わないで自発的にやっていると思うところが特徴 あるところから先は指示なしで皆でやっていく
指示はなるべく自発的の方向づけにとどめること これが重要
帰属意識 何らかの決定権を持つという意識がある
帰属意識がなくなると、その組織は動かない
伝統的組織は全員に何らかの決定権を持っているという意識をもたせやすい
  全員の帰属意識を大いに高める
  自分が実行したということに対して人間は強い精神的満足を覚え同時に責任を感ずる」

日本においては、表向き欧米的な制度に見えても、実際には、一揆の単位となる「ぶどうの房組織」が隠れていて、これを動かさないと真の組織は動かないとしています。

山本氏は、渋沢栄一を引き合いに出して「不易」と「流行」について説明しています。
「伝統を踏まえて全然変わらないという一慣性があるゆえ、逆に外部の変化に対して少しも抵抗なく対応できる
不易なものがないと逆に流行に流されて正しく対応できない 徳川時代人のまま
幕末の普通法 武士を除く農工商の法律
その人たちの考え方とほとんど変わっていない
自己の生き方というものは一生変わっていない」

農工商は初めから核家族であり、「封建法」の武士の場合は相続権がなく、幕府は領主の国替えが自由にできました。
これは、ヨーロッパの制度とは違います。
日本においては、「普通法」の農工商の人々は相続権をもっていました。
経済的水準が高ければどんどん分家をして核家族になるわけです。
その全体を統制する家長権はありません。
中国韓国は核家族の上に一族を統制する権利を持つ大家族があって、それがいわば宗族集団をしていて、家長権があったわけです。
徳川時代には宗族集団は全然ないので、家族というのは夫婦単位でどんどんわかれていく。核家族化は今と基本的に変わっていません。
日本の武家法においても父子別格と定められ、親と子供は全く別
あるのは親権であっても家長権はないのです。 
隠居しても親権は持っていて、勘当すれば相続させたものをまた取り返す 「悔い還し」ができました。
鎌倉時代においては、勘当は相続権の剥奪であり、親権は強いがあくまで子供に対してであって家長権はありません。

山本氏は「派閥の研究」において、 
「一体『派閥』とは何なのであろうか。それは『藩閥』といわれようと『地方閥』といわれようと『金権閥』といわれようと、すべて『派閥』の一形態と言い得る。そして政党の前に派閥があり、派閥の前に藩があったのだが、この藩なるものが一種の派閥連合であった。いわば藩の分国大名の時、それは一揆という形で成立したわけである。それは藩であれ党であれ、その藩主・党首は派閥連合に推戴された顔にすぎず、これは現在でも変わりはない。」

一揆契約というのは、原則として各人平等で、しばしばその最後に円を描いて、円の外に放射線状にサインをするという、傘連判というのをやります。
簡単にいえばこれが「派閥」なのです。今でいえば「選挙区の地盤」の「安堵」を確保するということであり、これはその成員は原則的には平等だが、もちろんリーダーはいます。
原則は所領安堵という「共同利益保持縁」であり、従ってリーダーの選定はあくまで能力主義、すなわち集団の安堵能力であるから、血縁に基づく相続はできません。これは藩閥でも現代の派閥でも同じであって、能力を失えば統制力を失う。そこで能力のある者が上に立つという形で下剋上が当然に出てきます。
そして明治はこの古い伝統的な「ぶどうの房型組織」に、「外来の樹木型組織の外衣」を着せただけであるわけです。

小室氏は、欧米キリスト教諸国は、宗教の戒律が法律を与えたのに対し、日本の仏教が、戒律を失くしていまい、その結果、日本においては、法律は機能しなくなっていると指摘しています。
日本人はリーガルマインド=法的センスと法的論理の駆使能力を失っているとしています。

山本氏は、能力主義の「下剋上」が日本人を形成していったと指摘し、それが行き過ぎないように、社会的歯止めとしての一揆主義があるとしています。
表向き欧米的な制度に見えても、実際には、一揆の単位となる「ぶどうの房組織」が隠れていて、これを動かさないと真の組織は動かない

戒律を失くし、法不在となった日本人は、能力主義のブレーキとして、共同利益を保持するための派閥を形成するわけです。
そして、キリスト教諸国の法律による「樹木型組織」ではなく、伝統的な「ぶどうの房型組織」である、「派閥」が組織を動かしていきます。

山本氏は、「不易」とは、伝統を踏まえて全然変わらないという一慣性があるということで、「不易」なものがないと逆に「流行」に流されて正しく対応できないと指摘しています。

integrity”とは、まさに不易なものであるわけですが、欧米のキリスト教諸国はこれによる法律で組織を動かしていきます。

これを失くした日本人は、利害調整集団である「派閥」に頼らざるを得なくなりました。
つまり、「不易」な「規範」を失くしてしまっているわけです。
「派閥」とは、機能集団が共同体化したものとも言えます。

これらについて、詳しく考察してゆきたいと思います。

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